About Han-Kōdō 版行動とは
はじめに
本展は「版行動」による第一回目の展覧会です。版行動は、版画というメディアの特性に関心を持つ関優花、千葉大二郎、堀内悠希の情報交換の場として2019年5月に始動し、後に高橋沙也葉が参加しました。私たちがそれぞれ興味を抱いていた版画作品や技法について語り合う中で出逢うこととなったのが、抽象木版画家・内間安瑆(1921-2000)です。内間はアメリカで生まれ、19歳で日本に留学したのちに創作版画と出会って版画制作を始め、59年に帰米後も多数の版木によって形と色面が緻密に構成された木版画の表現を追求した作家です。そして、あるときに版行動の情報交換の中で私たちが知ることとなったのが、内間の《SHORT POEM》という作品でした。
内間安瑆《SHORT POEM》1967年、木版、22.8×60.7cm、個人蔵/Ansei Uchima, SHORT POEM , 1967, color woodcut, 22.8×60.7cm., private collection.
《SHORT POEM》と版行動
内間安瑆の《SHORT POEM》は、1967年に作られた多版多色刷りの木版画です。その横長の画面の中では、反転した筆記体の英語の文字列が置かれ、その周りには異なる比率を持つ三つの長方形が配されています。色面として浮かび上がるその三つの長方形と文字列の間には、かすれた細い線の集積と、画面の左辺と文字列をつなぐように伸びる太い線、そして崩れかけた長方形のような形が構成されています。
以前から版画制作を行っていた関は、その文字列が反転していることに着目し、次のように書いています。
「《SHORT POEM》で最も注目すべき点は、筆記体の文字列が反転したまま摺られていることだ。通常、版画制作においては、観客から見て図が正面を向くようにするため、版木には反転した図を仕込まなくてはならない。そこにはあえて文字列を反転させるという内間の明確な意思がある。画面上で反転させられた文字列は「読みにくさ」をまとうことになり、読みにくくあることは私を解読へと誘う。」★1
作品の中の逆さ文字の判読を試みるとき、そこには「黒―青〔black-blue〕」や「赤っぽい黄色〔reddish-yellow〕」など、色を示す複数の単語がかろうじて読み取れます。関は、版行動の他のメンバーとともに、色を示すその文字列が、内間が木版画を制作する際に版木に書きつけていた摺りの色分けのメモとよく類似していること★2 に着目し、次のように記します。
「通常の版画制作では、版木の凸部分だけが作品に写し取られ、凹部分の彫り具合はもちろん、版木に鉛筆で書かれたメモ書きなどは最終的な作品には残らずに消えてしまう。メモ書きのような文字列を版木上で反転させずにそのまま彫りつけたことがわかる《SHORT POEM》は、制作過程で内間が経験した時間を意図的に作品の中に残す試みだったのではないか。また、彫刻刀で素早く切りつけたかのような細い線の集合や、彫り途中にあるかのような長方形も、凹凸で二分化された版画ではなく、その過程にしか存在しない時間を刻んでいるように思われる。作品に残るその私的な時間の痕跡を内間は「詩」と呼んだのかもしれない。」★3
関はここで、内間の作品が版画の構想から版木の彫り、そして摺りまで、その制作の中にあった具体的な時間と作家の判断の蓄積を想起させるものであることを捉えています。こうした《SHORT POEM》の解釈は、他の版行動の作家たちの制作態度とも響き合い、共有されていきました。
ともに作品を見ることから展覧会制作へ
内間の《SHORT POEM》に導かれるように作品の持つ制作過程をさかのぼり、そこに残された時間の厚みをともに読み解いていった体験は、版行動の活動を方向付ける上でも重要な意味を持ちました。それは、私たち自身の実践の中に含まれる様々な時間を、内間の作品を見るときのように捉える態度へと繋がっていきます。
関はこれまで、展示空間の中で長時間継続して行われるパフォーマンス作品を中心に発表してきました。その中で関は、パフォーマンスの中では作品として対象化される作家と、それを見る観客、また受付や看視員として働く人々の体と、それを取り巻く展示物や文字情報など、展示空間にある多数の関係性が変わり続けることを前提とし、日常の中で経験される一見取るに足らない個人的な時間の集積を作品の中に組み込むための方法を制作してきました。
千葉は、ある道徳的価値の教育のために強い規範性を持って用いられてきた文字やイメージを引用し、それを自らがリサーチの中で形作った法則に従って厳密に分解して提示します。それは、時間と共に神話化へと向かう出来事が持つ綻びや、それが現代の私たちと結ぶ曖昧な関係性を極限まで拡大し、その一部を自ら書き換えていくという、歴史に対するパフォーマティブなアプローチでもあります。
そして堀内は、身近なところにある具体的な風景や事物を、光と影、形と非形、反復と偶然など、異なるスケールにある関係性の中で捉え、絵画や立体作品、映像などで表現してきました。その作品は、移り変わる都市の風景の中に遥か昔から存在し続ける法則や、長い時間をかけて複製を繰り返した事物や形の中に差異や揺らぎを見出す時のように、何気ない物事が普遍的な事柄に繋がっていくその瞬間の鮮やかさの只中へと鑑賞者を誘うものです。
そして、作家が生きる時間を異なる位相にある物事へと繋げながら、その時間のスケールをそれぞれの方法で捉えてきたといえる私たち版行動の実践と、内間の《SHORT POEM》をはじめとする作品群をともに一つの空間で経験する試みとして、本展覧会の企画が立ち上がりました。
これからの版行動に向けて
展覧会の企画・準備にあたり、美術史研究を志す高橋が新しく版行動の活動に加わると、作家-作品間の問題に留まらず、作品を取り巻くテキストや記録など、作品の言説化や歴史化に関わる物事に関する議論が交わされるようになりました。
物故作家である内間安瑆の作品と、今を生きる作家の実践をともに展示し、展覧会という形で未来へと手渡すとき、どのような可能性と責任があるのか。また、私たち自身の実践は時を超えてどのように解読/誤読されうるのか。この問いに向き合う中で、版行動の共同制作は、キャプション・解説文の必要性や、作品を論じるテキストの視点、そして制作論と歴史研究がそれぞれ明らかにしてくれるものなどを、衝突の中で一つ一つ吟味し、意見を交わし続けることでしか成り立ちえないものになりました。そして、版行動の活動は作品の内側に残される作家の時間について考えることに留まらず、時に周辺的なものと捉えられるような制作・展示・記録に関わる一つ一つの物事を注視することと不可分になっていきます。
内間による一枚の版画に表れた文字がどのように書かれたものなのかと想像力を働かせるところから始まった版行動は、作品にまとわりつく無数の具体的な関係性に向き合う活動にもなりました。今を生きる私たちの死後とその作品の行方を考える以前にも、本展覧会の二十日間の会期の間でも作品とそこにある時間の厚みは増え続け、変化していきます。その過程をひたむきに見つめ続ける本展の態度は、決して映えることができないものです。
★1★3版行動での対話を通して執筆された関優花によるテキスト、2021年。
★2次の展覧会カタログには、内間の晩年の代表作《Forest Byobu》シリーズの版木の写真が掲載されており、その版木には色名などの制作に関わるメモが鉛筆で書きつけられていることがわかる。内間安瑆『色彩と風のシンフォニー/内間安瑆の世界』2015年、沖縄県立博物館・美術館、98-103頁、107頁を参照。
★このテキストは、関優花、千葉大二郎、堀内悠希、高橋沙也葉が日々重ねた、本展覧会の問題意識についての対話に基づいて高橋が執筆を行い、関とともに改稿を重ねたものである。また、関、千葉、堀内の実践の説明の部分は、高橋が各作家との対話の内容をもとに執筆し、必要に応じてともに編集する形をとった。